不確定な世界

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「量子コンピュータが本当にわかる!」;武田俊太郎著 読書感想

本日紹介するのは、武田俊太郎著「量子コンピュータが本当にわかる!」。
著者の武田先生は量子テレポーテーションで有名な古澤研のOBで、最近独立した研究室を立ち上げた若手研究者である。以前紹介した藤井先生が理論の専門家であるのに対し、武田先生は光を用いた実験(コンピュータの文脈ではハードウェア)の専門家だ。理論家と実験家、読み比べてみると面白い。

本書では波の重ね合わせと干渉によって計算を行う量子コンピュータの概念を、二重スリット実験のアナロジーを用いて一貫したイメージで説明している。その点だけでも分かりやすくておすすめなのだが、本書の見どころは何と言っても第5章「量子コンピュータの実現方法」と第6章「光量子コンピュータ開発現場の最前線」である。
第5章では、超伝導回路方式、イオン方式、半導体方式、光方式の量子コンピュータについて解説されている。使われている模式図は一般書としては比較的詳しく描かれていて、モノを重視する実験家らしさを感じた。特に光方式については第6章で実際の実験装置の写真とともに詳述されている。研究室の見取り図まで載っているのには笑ってしまったが、この手の本で著者自身の独自の研究成果を知ることができるのは貴重である*1

また、第3章は量子ビット量子論理回路の話なのだが、ここで一つ気付いたことがある。本書ではいわゆる制御NOTゲートのことを「量子版XOR」と説明しているのだ。制御NOTを実験物理学の観点から見ると、二量子間の相互作用により生じるエネルギー準位の微細構造により「制御ビットが特定の状態の時だけターゲットビットが電磁波に対して反応(共鳴)して状態が反転する」という操作である*2。制御NOTとはまさにその言葉の通りの操作であり、私はこれを専門用語としてそのまま受け入れていた。恥ずかしながら、この操作が数式的にはXORに相当すること自体は認識していたにもかかわらず「普通のコンピュータの論理回路と対比させて量子版XORということができる」という点にまでは気が回っていなかったのだ。些細なことではあるが、個人的には盲点、目から鱗であった。

最後に全体を通して感想だが、やはり実際に装置を組み立ててデータを取っている人が書く内容というものは説得力がある。写真も豊富で、概念的なたとえ話やポンチ絵だけではなくモノがないと納得できない人には本書は非常にお勧めできる。一方、本書の解説があまりにも優しすぎて、すんなり読み終わってしまった感も否めない。科学の本としての知的興奮度に関しては、藤井先生の方に軍配を上げたい。

量子コンピュータの計算部分は現在は超電導方式が主流だが、通信をしようとすると光を使わざるを得ないだろうから、武田先生の研究の重要性は今後さらに増してくるだろう。今後の発展が楽しみである。

*1:個人的には、実験データや信号の波形なんかが載っていると嬉しいのだが。もちろんデータは大切な知的財産だし、この手の分野の実験データは重力波の波形のように見た目だけで簡単に解釈できるものでもないのも理解できる。が、やはりラビ振動くらいは載せてあると、量子ビットを制御しているという説得力が増すと思うのだが。

*2:制御ビットが0と1の重ね合わせ状態だった場合、制御NOTによって「制御ビットが0のためターゲットが反応しなかった状態」と「制御ビットが1のためターゲットが反応した状態」の重ね合わせが生じる。これが量子もつれである。