不確定な世界

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「眼の誕生」;アンドリュー・パーカー著 読書感想

本日紹介するのは、アンドリュー・パーカー著「眼の誕生」。
日本におけるディープラーニングの第一人者である松尾豊先生が、著書や講演などでディープラーニングのことを「機械が眼を獲得した」と表現し、本書をよく参考文献として挙げている。そのため、本書のことを知っている方も多いだろう。私が本書を手に取ったのも松尾先生の影響だ。もっとも、本書はあくまでも古生物学の本であるため、これを読んだからと言ってAIや画像処理について学ぶことはできないが、純粋に自然科学の本として面白いのでお勧めである。

本書の目的は、カンブリア紀に起きた進化の大爆発がなぜ起こったのかを探ること。そして、著者であるパーカーがその疑問への解答としてたどり着いた「光スイッチ説」を読者に紹介することだ。そのため、本書はまずカンブリア爆発とは何かが解説されるのだが、私はここで驚いてしまった。
カンブリア爆発はよく、生物種が爆発的に増加したことだといわれるし、私もそう思っていた。進化の樹形図がすごいスピードで枝分かれしていくようなイメージだ。
しかしそれは誤解だったらしい。パーカーによれば、生物の内的体制の進化による動物門の増加はカンブリア紀より前から着々と進んでおり、カンブリア爆発とは「5億4300万年前から5億3800万年前に、現生するすべての動物門が、体を覆う硬い殻を突如として獲得した出来事」のことに過ぎない。樹形図の枝分かれはカンブリア紀より前にすでに終わっており、枝がもう1ステップ伸びるときに、突如としてすべての枝が硬質化し、殻を持った(それによって化石が残りやすくなった)ということらしいのだ。
つまり、「カンブリア爆発はなぜ起こったのか」という疑問は「なぜ枝分かれが起こったのか」ではなく、「なぜ殻を獲得したのか」という意味になる。そして、その疑問への解答としてパーカーがたどり着いた答えが、「眼を持った捕食者から身を守るため」だった。このように「眼の誕生」がすべての始まりだとするのが光スイッチ説であり、「ではいつ、どのように眼が進化したのか」を紐解いていくのが、本書の流れである。

本書では化石の分析だとか体色だとか、色々な話が出てくるが、一番印象に残ったのはニルソンとペンゲルの研究だ。
進化論に対する疑問の一つとして「眼のような奇跡的に複雑な器官が突然変異の積み重ねで生まれるのか?」というものがある。これに対する回答として、ニルソンとペンゲルの研究が、単なる感光細胞がカメラ眼まで進化しうることをシミュレーションで示している(文献[1])。しかも、この研究によると突然変異率を0.005%と控えめに見積もっても、(実時間換算で)50万年ほどで眼が生まれるらしい。
また、「中間段階の眼が何の役に立つのか」という疑問もよく見るが、シアノバクテリアやオウムガイのような現生生物は、原始的な眼でも実際に適応している。中途半端な眼でも、ないよりはマシというわけだ。
それにしても、この手の本を読むと、改めて生命の巧みさを思い知らされる。バイオインスピレーションという分野もあるが、人間はまだまだ他の生命から学ぶべきことがありそうだ。

ディープラーニングの成果は主に畳み込みニューラルネットワークによる画像認識の世界で著しい。松尾先生の言う「機械が眼を獲得した」というのはもちろん文字通りの意味でもあるのだろうが、わざわざ本書を推薦する意図を深読みするのであれば、「あなたも殻を進化させないと淘汰されるよ」ということではないだろうか。

参考文献

[1] Dan-E. Nilsson and Susanne Pelger, A pessimistic estimate of the time required for an eye to evolve, Proc. R. Soc. Lond. B 256, 53-58 (1994)

なお、本書を読むにあたり以下の書籍も参考にした。通読していないので個別には紹介しないが、興味のある方はぜひ。
[2] 土屋健著、「古生物たちのふしぎな世界」、講談社ブルーバックス出版社ページ)(Amazon
[3] 伊庭斉志著、「進化計算と深層学習」、オーム社出版社ページ)(Amazon